アカクス リビア砂漠の旅-2

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 今回の旅の目的は、アルジェリアとの国境に近いアカクスの先史時代壁画、刻画を撮影することだった。サハラは、今から8000年ほど前から約5000年間、緑に覆われた肥沃な土地だった。アフリカでもっとも恵まれた気候帯に属していたその時代、おびただしい数の野生動物が生息し、狩猟民や牛牧民が暮らしていた。
 国境を挟んでアルジェリア側の山岳地帯、タッシリ・ナジェールには、その時代に描かれたおびただしい数の岩壁画が残されている。約8000年にわたって描き続けられた壁画には、気候の変動とともに移り住んできた様々な民族の暮らしとその興亡が描かれており、サハラの過去を知る壮大な考古学絵巻となっている。
 20代から30代にかけて、私は、タッシリの山岳をラクダキャラバンを組んで何度も探索し、主要な壁画を撮影してきた。これまで部分的には発表してきたものの、全容をまとめる機会がなかったため、この度、リビア側のアカクスにある壁画も加えて一冊にまとめることを思い立ったのである。
 タッシリ・ナジェールと違い、アカクスの壁画は自動車で回ることができる。荒々しい岩山と砂丘が織りなす風景も素晴らしく、数台のランドクルーザーを連ねた旅行者グループにあちこちで出会った。以前なら、砂漠奥地への旅など無縁と思われる白人の高齢者グループなどと出会うたびに、地球上に秘境など無くなってしまったことをしみじみ実感させられる思いだった。アカクスは、サハラの中でも最奥地であり、本来、到達するには相当の覚悟と旅の技術が必要なはずであったが、今や空港に降り立ち、出迎えの車に乗りこみさえすれば、海沿いのリゾートに行くのと変わらぬ感覚で着いてしまうのだ。
 ワディ(涸河)・マトハンドゥシェの崖に残された多くの線刻画は素晴らしかったが、タッシリ・ナジェールに比べてアカクスの壁画は、時代的にも後期のものが多く、また描写技法も劣っていた。さらに、なんということか、主要な壁画が集中する3カ所の岩壁が、黒のスプレーを吹き付けられ消し去られていたのである!事件が起きたのは一年前、犯人は35歳のリビア人観光ガイドだというから呆れてしまう。世界遺産に登録された貴重な岩壁画も、スプレーをじかに吹き付けられたのではひとたまりもない。
 現在も服役中という犯人は、イタリア人経営の旅行社でこき使われるうちに、精神的におかしくなったとか諸説あるらしかったが、無人の岩陰に残された壁画など、守りようのないのが実情だろう。昔からトゥアレグ族に守られ、彼らの案内なしでは誰も到達できないタッシリ・ナジェールと違って、近年になって観光化したアカクスでは、誰でも自由に車で出入りできる。そのせいか、壁画のすぐそばなどに真新しいアラビア語の落書きが何カ所もあったのは、民度の違いかも知れないと思った。
 テント暮らしの旅をはじめて8日目、トラブルが起こった。車の車軸部分に不具合が起こり、代わりの車を呼ぶことになったのである。そこは砂漠の相当奥地であったが、運転手は、一番高い砂丘に車を乗り上げると、やおら携帯で通話を始めたのである。試しに私も携帯にスイッチを入れ日本を呼び出してみると、なんと地平線の真っ只中というのに、ごく通常の感覚で妻の声が聞こえてくるではないか!私はあっけにとられ、いま自分がどこに立っているかを興奮ぎみにまくしたてるのだが、こうして携帯が通じている以上、サハラは、もはや秘境ではないことを思い知らされたのであった。

ユーラシアニュース 連載91

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