イグアスの滝

「ユーラシアニュース」 地平線の彼方より-連載82 

 ブラジルとアルゼンチンの国境をなすイグアス川に出現する驚異の景観、イグアスの滝。この写真を眺める度に、なだれ落ちる厖大な水が炸裂する、地響きに似た轟音が反射的によみがえってくる。私が立っているのは滝のブラジル側に設置された長い遊歩道の先端で、滝の真上にせり出した貧弱な展望台である。この日は風強く、風向きによって横なぐりに吹きつけてくる飛沫のために、暴風雨の真っ只中に立っているも同然だった。遊歩道の入り口で買ってきたビニールのポンチョはまったく役にたたず、あげくの果てに、容赦なく浸入する水滴でカメラまで動かなくなる始末だった。一組のカップルが展望台まで迷い込んできたが、水の猛威に圧倒されたか、すぐに戻っていった。
 足の下から背後の壁まで、およそ視界を巡らせてみても、ただただなだれ落ちてゆく水の壁ばかり、圧巻の一語に尽きた。滝を眺めるという感覚ではなく、大地を揺るがす轟音とともに落ちてゆく、底知れぬ水の力の真っ只中で水の洗礼を施されている、そんな畏れに似た感情を抱きながら、全身水浸しになり、圧倒的な水の力に金縛りにされて私はこの場所に立ちつくしていた。 
 さらに驚くべき光景は、画面奥、「悪魔の喉笛」と呼ばれる、落差80メートル、猛烈な水煙の滝壺をさかんに飛び交うツバメたちの姿だ。よく見ていると、黒いツバメたちは、相当なスピードで飛翔しながら一直線に水の壁に飛び込んで行くではないか。まるで黒いブーメランが水壁を切り裂くようにして消えて行くその正体は、オオムジアマツバメと呼ばれる種で、天敵である大型の鳥が近づくことの出来ない滝の裏側で巣作りをしているのである。
 どこまで歩いても、なだれ落ちる轟音が耳鳴りのようにつきまとってくる巨大スケールの滝は、イグアス川を複雑なかたちに横切る断層にかかるもので、断層の全幅は4000メートルに及び、そのあいだに大小275の滝が分布している。
 この画面の右側対岸はアルゼンチン領で、ブラジル側よりもさらにバラエティーに富んだ滝を広範囲に延びた遊歩道から観察できるが、対岸に到達するためには、国境検問所を通過して50キロ近く走らなくてはならない。
 私が、イグアスの滝の景観を最初に知ったのは、今から20年ほど前に公開された映画「ミッション」であった。18世紀、この土地で困難な布教活動に身を捧げるイエズス会宣教師と、剽悍で誇り高いグアラニー族とのあいだの歴史実話を映画化したものであったが、映画の主役は滝そのものだった。奥地をめざす宣教師たちや、グアラニー族のコミューン殲滅のために遡航してきた植民地当局軍隊の前に立ちはだかり、超えることの出来ぬ圧倒的な壁として描かれたイグアス滝の偉容であった。銀幕を震わせ落下する水の轟音の凄まじさに、およそ滝のイメージを超越した奇蹟の景観としてイグアス滝の存在を初めて知ったのであった。
 そして私が目の当たりにした、現実のイグアス滝。それは効果音で誇張した劇映画の空間などとは次元の異なる、底知れぬエネルギーを秘めた南米大陸の雄叫びそのものであった。

*この紀行記は、ユーラシア旅行社が毎月発行している旅のカタログに2002年12月より連載しているものです。編集部の許可を得て、当ブログでも毎月公開していくことにしました。

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