塩のキャラバン

早朝、採掘現場に向かう塩のキャラバンと、上空を舞う一羽の鳥。エチオピア 2012年 エチオピア東北部、ダナキル砂漠。海面下115メートルに広がる塩の原野を、陽炎に揺らめきながらラクダキャラバンが行く。その数およそ400頭、1頭につき100キロ近い塩の板を載せられ、長蛇の列をなしひたすらエチオピア高原をめざすのは、いずれも屈強な牡ラクダばかりだ。高原に運ばれた塩の板は、原価の10倍前後で取引され、かつては貨幣替わりに流通していた。強烈な西日が落とす長い影を引きながらしばらく進むと、前方地平線にもう一隊のキャラバンが現れ、砂煙を上げながらこちらに向かってくる。明日塩を運ぶための空荷のキャラバンで、採掘地をめざし交差してゆく。ラクダ引きのティグレ族の男たちは、互いに顔見知りを見つけても声を掛け合うだけですぐにすれ違ってゆく。一定のリズムで進むキャラバンの歩調を乱すわけにはいかないからだ。 塩のキャラバンが活動するダナキル砂漠北部地域。私がエチオピアを頻繁に訪れていた1997年まで、もっとも危険な地域とされ立ち入ることが出来なかった。民族融和が進んで外国人にも開放された今、これだけは観ておかなくてはと熱望していたキャラバンが、今の時代に、これほどのスケールで動いていることに圧倒される思いだった。 2011年の暮れから約2ヶ月、エチオピアに行ってきた。1月7日に聖地ラリベラで祝われるクリスマス巡礼を撮り終えると、翌日にはティグレ州のマカレに移動し、キッチン・カーと呼んでいるコック付きのもう一台の車と合流して、ダナキル砂漠に向かった。塩の採掘地であるダロル周辺にはホテルも飲み水もないため、周到な準備なしでは旅行は不可能である。標高差2000メートルの山道を一挙に降るにしたがい、快適な高原の冷気が、肌にまとわりつく熱風に変わっていった。そして警護のために、武装した警官3人が途中の町から乗り込んできた。 ダロル一帯は、太古の時代に紅海の海水を閉じこめたまま隆起した土地で、激しい乾燥のために乾上がった塩の層が地表を覆い尽くしている。塩の切り出しに従事する男たちは、ハマデラという集落で寝起きし、未明に起き出し1時間ほど歩いて現場に行く。その数100人ほど、体力に自信のある若い男たちは、地獄の釜の底が耐え難い熱気に揺らめきだす前に仕事を終えようと、汗だくになりながら懸命にツルハシを振るい、30センチ四方ほどの大きさに揃えた塩の板をラクダキャラバンに引き渡すのである。 ハマデラの草小屋で寝起きしながら、連日、未明に起き出して採掘現場に行き、キャラバンを日没まで追う。熱風と砂ぼこりのなかで、体力を振り絞った撮影行は、すでに還暦を過ぎた体にはさすがにこたえた。それでも、こんな仕事をいまだに続けられていることに無上の喜びを感じながらシャッターを押し続けた。 塩のキャラバンは暑熱が耐え難くなる4月で終わり、摂氏50度を超す夏の気温が下降に向かう9月後半から、再び動き出す。

野町和嘉オフィシャルサイト

塩のキャラバン” への1件のコメント

  1. バンコクで暮らす日本人です。インドやイスラムの人々を町でよく見かけますが、異国でも自らのライフスタイルを崩さない彼らは立派だと常日頃から感じています。野町さんの写真を拝見させていただくと、彼らの誇りの源泉がどこにあるのかが分かるような気がします。自分自身のライフスタイルが無国籍化しているのが恥ずかしい気持ちです。新しい作品を期待しています。

米谷 明 にコメントする コメントをキャンセル

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